和歌山鉄道ターミナル駅の変遷

 大阪(梅田)や神戸(三宮)など、関西の他の都市と比べて、中心となるターミナル駅が分かりづらい和歌山。その背景には、複数の事業者が競って大都市、大阪に向かう鉄道網を敷設した経緯がありました。

南海7100系
Fig. 1 南海7100系

▼ 紀和鉄道と南海が開通

 和歌山市内に鉄道が走り始めたのは、1898(明治32)年。現在のJR和歌山線にあたる紀和鉄道が、奈良の王寺駅と現在の紀和駅に当たる和歌山駅を結ぶ路線を開通させました。

 王寺駅から湊町駅(現JR難波駅)までは大阪鉄道が路線を開通させており、乗り継ぎで鉄道を利用した大阪へのアクセスを実現。そのわずか5年後、南海電気鉄道(Fig. 1)が難波駅と和歌山市駅(Fig. 4、Fig. 5)を結ぶ南海本線を開通。

国鉄C57 119号機
Fig. 2 国鉄C57 119号機
▼ 沿岸部を南北に結ぶ紀勢西線

 海沿いを走る最短ルートで、大阪の難波駅に直通します。紀和鉄道も同駅まで延伸した事から、この時点では和歌山市駅がターミナル駅になっていたのでしょう。

 時代は下り、1924(大正13)年。和歌山県の沿岸部を南北に結ぶ国鉄紀勢西線(Fig. 2)(現JR紀勢本線)が開通し、和歌山駅(現紀和駅)に乗り入れます。

 さらに1930(昭和5)年。南海電鉄に対抗し、阪和電気鉄道(現JR阪和線)(Fig. 3)が紀勢本線の東和歌山駅(現和歌山駅)に乗り入れ、大阪の天王寺駅とを結びます。

JR西日本223系0番台
Fig. 3 JR西日本223系0番台
▼ 歴史は変わっていたか

 また、戦前に現JR和歌山線(元紀和鉄道)、現JR阪和線(元阪和電気鉄道)が国有化され、国鉄2路線が乗り入れる東和歌山駅が新たなターミナル駅として名乗りを上げます。その後、現JR和歌山線の東和歌山駅乗り入れを経て、1968(昭和43)年に和歌山駅は紀和駅に、東和歌山駅は和歌山駅にそれぞれ改名。

 こうして和歌山駅、和歌山市駅の2大ターミナル駅が形成されました。国鉄紀勢西線が現紀和駅を経由せず、和歌山市駅に直進するルートを採用していたら、歴史は変わっていたかもしれません。

和歌山市駅舎"
ロータリー@和歌山市駅
Fig. 4 和歌山市駅舎
Fig. 5 ロータリー@和歌山市駅


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