自転車で韮山史跡巡り

 2016年2月上旬に、静岡県伊豆の国市を訪れました。三島駅南口で自転車を借り、国道136号線を南に約40分走り、大場川と来光川を越えると、伊豆の国市に到着します。

頼朝と政子の像
Fig. 1 頼朝と政子の像

▼ 田んぼが広がるのどかな史跡

 左右に田んぼが広がる道を進み、源頼朝が平安時代後期住んでいたとされる蛭ヶ小島に立ち寄ります。観光客は見られず、犬の散歩がてら数組の地元の人々が訪れていました。

 約10年前に高校生の手で造られたという木造茅葺き屋根の建物で、観光ガイドの方々にお茶をふるまっていただき、話を伺います。

 現在、蛭ヶ小島とされる場所から平安時代の生活跡は発掘されず、源頼朝は近くの別の場所で生活していただろうという事、江戸時代の代官、江川太郎左衛門英竜の命で蛭ヶ小島の場所が特定された事、地元出身や地元になじみの深い実業家により数々の大きな石碑が建てられた事など、興味深い話を伺いました。

韮山反射炉
Fig. 2 韮山反射炉
▼ 世界文化遺産に認定

 さらに南に自転車を走らせ、約15分で韮山反射炉(Fig .2)に着きます。江戸時代後期に大砲を鋳造する炉として江川太郎左衛門英竜、英敏父子により造られました。

 ここで造られた大砲は東京品川台場に設置され、迫りくる西洋大国の脅威への対抗を図りました。

 白漆喰が剥がれ落ち煉瓦がむき出しになり、鉄枠で補強され当初とは異なる外観ですが、大砲の製造に使われた反射炉が残るのは日本で唯一である事から、2015年に世界文化遺産、明治日本の産業革命遺産に選ばれました。

 伊豆箱根鉄道駿豆線の線路を越えて西に進み、約20分で願成就院(Fig .3)に着きます。平安時代後期に北条時政により、源頼朝の奥州征伐成功を祈願して造られました。

願成就院
Fig. 3 願成就院
▼ 重要文化財から国宝に格上げ

 広大な庭園を持ち、仏師として名高い運慶の仏像を安置していましたが、時代を経るうちに敷地は縮小され、2体の仏像が失われました。それでも運慶作と確証がある仏像が5体残り、守山を借景とした緑豊かな景観が残る寺院として訪れる価値は十分にあります。

 一部の仏像内部から木の札が見つかり、韮山地区を治めていた豪族、北条時政の依頼で運慶が製作した事を示す内容が記されていました。この事から運慶作である事の確証がなされ、2013年に重要文化財から国宝に格上げされました。平安から鎌倉へ、そして江戸から明治へ時代の変わり目を逞しく生き抜いた人々の姿を垣間見られる史跡を訪れてみてはいかがでしょうか。

旧上野家住宅@蛭ヶ小島
鋳口(左)と炊口(右)@韮山反射炉
Fig. 4 旧上野家住宅@蛭ヶ小島
Fig. 5 鋳口(左)と炊口(右)@韮山反射炉

蛭ヶ小島 伊豆の国市四日町17−1
韮山反射炉 伊豆の国市中字鳴滝入268
願成就院 伊豆の国市寺家83


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