法蓮寺の石蛙荏原町

 2011年7月初旬に、東京都品川区荏原町を訪れました。自由ヶ丘駅から東急大井町線に乗り、5つ目の荏原町駅で下車します。

法蓮寺本堂
Fig. 1 法蓮寺本堂

▼ しながわ風土記を読んで

 株式会社ハーツ&マインズが発行する、品川区のタウン誌・月刊しながわニュースを読んだのが訪問のきっかけ。「しながわ風土記」という連載があり、2010年12月~2011年5月号までのカエル特集の中で、駅近くの法蓮寺(Fig. 1)にある石製の蛙が紹介されていました。

 駅のホームから境内が臨めるほど距離は近く、駅名に使用する事も検討されたそうですが、同じ東急の東横線妙蓮寺駅と名前が似ているために変更されたとの事です。

無事蛙@法蓮寺
Fig. 2 無事蛙@法蓮寺

▼ 源氏ゆかりの土地

 平安時代中期の武士・源頼信の子孫、荏原義宗が鎌倉時代に自分の居城跡にお寺を建てたのが始まり。息子の徳次郎(越中阿闍梨)は、日蓮の弟子として有名なのだそうです。

 近くに残る源氏前、旗の台といった地名は、源頼信に由来しているとの事。隣接する旗ヶ岡八幡神社は、源頼信が平忠常と戦う時に陣取り、源氏の白旗を立てた場所でもあります。

 法蓮寺も蒙古襲来に悩まされていた鎌倉時代中期に建てられたそうで、時代は違えどどちらも戦さに関連した寺社といえそうです。今回紹介する石蛙(Fig. 2)はその法蓮寺の入口付近、松の木の下にひっそりとたたずんでいます。

▼ 躍動感のある石蛙

 左後方には、無事蛙と書かれた小さな石碑が立てられています。両足を踏ん張り、顔を上げる姿勢も独特で奥行き約20cmと小柄ながら存在感があります。

 由来などは記載がなく分かりませんでしたが、生きている蛙と見間違える程動きのあるポーズを取る石蛙は見応えがあります。

 砂利が敷かれた境内には本堂を始め、複数の建物が整然と配置されています。奥の敷地には、松や灯篭を配した立派な庭園が控えています。近くにお立ち寄りの際は、ぜひ足を延ばしてみてください。

■ 参考図書
 史跡でつづる東京の歴史 尾河直太郎著 一声社

法蓮寺 品川区旗の台3-6-18


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